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2019年04月05日
ブログ

行徳から世界に灯りを3(常夜灯)(カニの思い出)(田沼さんと松平さん)

今日こそ『 常夜灯 』へ行きましょう!

 

『 新河岸 』に背を向け、堤防の入り口(?)に戻ってきました。

 

祭礼河岸の立札から目を前に戻し、堤防入口を右に上がって行くと、

すばらしい景色が…

ほぼ見えません。



でも、 

のぞけば川は見えます。

こちら、旧江戸川です。

そのままひたすらまっすぐ。

15分?いや、20分くらいでしょうか。。

 

坂道を昇りきると…

急に視界が開けました。

 

気持ちいい景色です。

ジョギングコース、お散歩コースにはもってこいです。

 

で、そこからすぐ左側…

常夜灯に到着!

元禄3年頃にリノベーションされて綺麗になったであろう新河岸に、

じゃ~ん!! 「 常夜灯 」登場です。



以下、市川市のHPより

この常夜灯は、「文化9年(1812年)江戸日本橋西河岸と蔵屋敷の講中が

航路安全を祈願して成田山に奉納したもの。高さ4.31m、石造り、側面には協力した人々

の名前が刻まれている。

昭和45年、堤防拡張工事のため、位置を移動されたり、袴腰の上に設置されたりしたこ

ともあったが、平成21年12月12日、常夜灯公園オープンに伴い、免震装置を施しリニュ

ーアルして設置された。」

とあります。

 

奉納っていうと、私なんかは神前に「お供えする」もの、と考えていましたので、

「奉納」された常夜灯がなぜここにあるんだろう。成田山が受け取り拒否?(うそ!)

と疑問でしたが、

明治神宮とかで行われる、横綱の「奉納土俵入り」などと同じように、

その「行為」を奉納する、ってことらしいです。

あ~すっきりした~。

中央に「日本橋」と刻まれています。

行先ですね。 日本橋行 ってことですね。

 

と、いうことは、日本橋にも『 常夜灯 』があって、『 行徳 』とか、

新河岸 』とか刻まれているのでしょうか?

 

調べてみましたが 無い ようです。

 

常夜灯の横には「常夜灯の歴史」が書かれた碑があります。


逆光過ぎましたね。

お読みになりたい方は、ぜひ足をお運びください<m(__)m>

 

そんな『 常夜灯 』は、当時、月の灯りしかない真っ暗な川に、ぽつんと点いた灯り。

当時の行き交う船や、人々の目印の役目も果たしていました。

現在の我々には考えられないほど、明るく感じたことでしょうね。



市のHP通り、『 常夜灯 』の向かって右には蔵講中の人たちのお名前↓が刻まれているの

で、一応UPしておきますね。

西河岸あたり カニの思い出

背面には江戸日本橋西河岸の人たちのお名前も刻まれていますが、

市のHPには触れられていなかったです。。

 

その日本橋西河岸町は、今の中央通り「日本橋」から一本東京駅寄り、

日本橋三越の裏手を東京駅に向かったところにある橋の辺のようです。

 

余談ですが、

その橋の先にある、ローソンの隣に【 かに福 】というお店があり、

以前、そこの「カニクリームコロッケ」を一口食べて感激した記憶があります。

おもわず、「かに!」と叫んでしまうほどでした(クリームを感じなかった)

確かランチ(コロッケ2個付)で1600円くらい。

お持ち帰りだと1個700円だったと思います。(高っ!!)

疲れた自分への ❀ごほうび❀ で、何度か伺いました。

世の善悪、決めるのはだれ?

鳩がけっこういます。もちろん写真は現在のものです。

 

常夜灯が建立された文化9年(1812年)は、徳川家の将軍も第11代家斉さんの時代になっ

ております。

月日の経つのは早いものです。

家康さんが亡くなって、もう196年が経ちました。(常夜灯建立年)

 

この文化年間に将軍職に就いた家斉さんは、

賄賂政治で有名な、田沼意次氏を罷免した人です。

田沼意次さん、悪名高いお人ですが、私は山本周五郎さん作の「栄花物語」の印象が強い

ので、悪いお人には思えません(個人の感想)。

幕府の財政難を救うべく、資本主義の世の中にしようとした政策も、

「ちょっと時代が早かっただけ」なんじゃないでしょうか。わかりませんが。

でも、「賄賂もらってた」としたら、罷免されてあたりまえですね。。

 

そんな田沼さんをいつも批判していた松平定信さん。

いつの時代も 悪 VS 悪と戦う者 =善 とされますね。

 

善の代表・松平定信さん、庶民の喝さいを受けながら意気揚々と田沼さんに代わって老中

の座に就くと、

「あれするな、これするな、文句は言うな、節約しろ!」と、倹約政策(ケチケチ政治と

しばりつけ)で窮屈な世の中にしたため(寛政の改革)、

「白河(定信さん)の清きに魚(うお)の棲みかねて もとの濁りの田沼(意次さん)恋しき」

なんて民衆から歌われてしまい、わずか6年で失脚してしまうはめに。

けっきょく善悪って、時代に受け入れられるかどうかってことなんでしょうか。

『 常夜灯 』まだ続きます。

この記事を書いた人
五十嵐 裕子 イガラシ ユウコ
五十嵐 裕子
勤務先である行徳の素晴らしいところをもっと知っていただきたくて、あちこちお出かけしながらブログを書いています。不動産売買の仲介を専門とする当社で、「一期一会の出会いを大切に」をモットーに、お役にたてる宅建士でありたいです。
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