レアホーム(Lea HOME)株式会社アーバン
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2019年06月04日
ブログ

行徳の「加藤家住宅主屋」とモダンな煉瓦塀とお塩の話し

こんにちは。

先日、我が家の外猫さん(7~8匹)のうちの1匹が初めて子猫を産みまして。

でも彼女、産んだはいいが、おっぱいが出なかったようで、

生き残った子を1匹だけ連れて、我が家の玄関先へやってきました。

子猫が衰弱していたので、すぐに体を温め、ミルクの代わりに砂糖水を飲ませ、

気持ちよさげにお昼寝していたご主人様(旦那さん)を叩き起こし、

高速で病院へ連れて行ったしだいです。(ふだん、保護猫活動はしておりません)

この子猫、未熟児で生れたようで、彼か彼女かはまだはっきりしないようですが、

もし生きれるようなら今後我が家で養子(養女)にする予定です。

(その際は、今後このブログにも登場するやもしれません)

病院から帰ったらその母猫が、おそらく父猫だと思われる猫に、何度も頭を叩かれてい

ました。

(俺の子、どこやった!)

って感じなのでしょうか。。

もちろん猫さんの夫婦喧嘩には口を挟みませんでした。。。

 

猫の話はこのくらいにして…

 

さて本日は、歴史的建築物の多い「 行徳街道 」の中で、

近代和風住宅の主屋と、並び立つフランス積みの煉瓦塀のある

『 加藤家住宅主屋ほか 』をご紹介いたします。

『加藤家住宅主屋ほか 』への道のり

行徳駅を出て左側。まっすぐ歩いて【 行徳街道 】を右へ。

ひたすら道沿いに歩き、「 浅子神輿店跡 」を通り越して「 笹屋うどん 」さんを右に見な

がらまだまっすぐ。するとたどり着きます。

↑こちらが「 加藤家住宅主屋 」です。

「浅子神輿店跡 」や「 笹屋うどん  」さんと同じく、

国登録有形文化財(建造物)です。

↑こちらにもある通り、国指定文化財に登録されているのは、

「 主屋 」だけではなく、この横にある煉瓦塀も一緒なのです。

その煉瓦塀が↓これ

この煉瓦塀ですが、千葉県教育委員会HPによると、

明治後期のもので、敷地の東辺北寄りと隣地境を矩折れに延び、途中に門を構えている。

総延長34m。道路側が高さ2.1m、隣地境の中央が2.1mと低く、他は2.8m。煉瓦一枚厚の

フランス積で、敷地側に控柱を建て、上部は小屋根状に積んである。街路景観を醸し出

す、特徴ある塀となっている。

とあります。

当時としてはすこぶるモダンで、道行く人も目を留めたことでしょう。

この緑のテープらしきものは養生テープでしょうか?

この写真で見ると、「 上部は小屋根状に積んである 」という特徴が理解できますね。

 

こんな立派なお家を建てた加藤家は、塩問屋だったそうです。

当時はこのあたり、製塩にたずさわる人がたくさん暮らしていたのでしょうね。

 

行徳での塩造りは、戦国時代にさかのぼりますが、

では、なぜ今行徳に塩屋さんが無いのでしょうか?

国の塩政策と行徳の塩田の終焉

江戸時代、徳川家康さんから3代家光さんまでの間に、

行徳には塩田開発のために大枚の資金が注ぎ込まれ、それ以降も幕府によって保護され

ました。

 

明治の開国後、それまで各藩がそれぞれで造っていた塩が一本化され、

日本の塩も国際市場の影響下に入りました。

しかし、岩塩などの天然資源が乏しい日本の塩は、低価格な外国の塩への危機感もあり、

国内塩業の育成・保護、製塩技術の改良や価格の低廉化が急がれ、打つべき政策・施策

の議論が重ねられました。(エライさんがね)

さらに、日露戦争のための膨大な戦費の調達に苦慮した明治政府は、

「国民の生活に欠かせない塩で財政を作ろうぜ」

と、1905年(明治38年)6月、塩の専売制度を実施。

しかし、塩専売制の実施後も塩の価格が安定しなかったので、いろいろ熟考しながら

あまり量の出ない塩田を廃止(行徳もこのころかと)したりしてようやっと価格の安定に

こぎつけました。

その後も国内製塩業のさらなる育成を図る一方、生命の糧である塩の価格をできるだけ低

廉にし、安定して国民に供給することを主眼とする制度に改革することになりました。

こうして塩の専売制度は、収益主義を捨てて「公益専売」として再出発。

専売公社ですね。

しかし、平成9年(1997年)製造・輸入・流通にわたる原則自由の市場構造への転換に

より、国内塩産業の一層の発展、多様な消費者ニーズへの対応を柱に、新しい日本の塩産

業創世の扉が開かれることになり、塩専売制は終焉しました。


 (公益社団法人 塩事業センターHPより抜粋)



行徳塩は焼き塩後半年近く寝かされ、そのため水分が完全に抜け流通経路での水分蒸発

による、目減りが無く上質塩として信用が高い商品だったそうですが、

上記のような理由から、行徳の塩田は昭和初期には姿を消し、土地は埋め立てられて

現在のような住宅地へと変転をとげたようです。

 

原則自由市場の今日、お塩とひと口にいっても、いろんな種類がありますね。

そんな中、先日テレビで見たお塩で一番高かったのが、

100g1080円

高知県田野町で、お店は「 田野屋塩二郎 」。完全天日干しだそうで、

ほぼ料理人さんからのオーダーメイドを受けてお塩を作っているそうです。

トリュフの香りをつけたお塩は1キロ100万円だそうですよ。

ひとなめしてみたいですね♡

ちなみに我が家では「 ヒマラヤ岩塩 」を使っています。

 

加藤家住宅主屋と煉瓦塀の情報

住  所  千葉県市川市本行徳6-1

開館時間  -

休館日   -

この記事を書いた人
五十嵐 裕子 イガラシ ユウコ
五十嵐 裕子
勤務先である行徳の素晴らしいところをもっと知っていただきたくて、あちこちお出かけしながらブログを書いています。不動産売買の仲介を専門とする当社で、「一期一会の出会いを大切に」をモットーに、お役にたてる宅建士でありたいです。
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