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2019年06月21日
ブログ

行徳・妙典の水害を守る「龍玉宮」。と龍神様のお話し

こんにちは。

 

本日はちょっと足を延ばして「 妙典からの方がだんぜん近いよ」

な、「 龍玉宮 」をご紹介します。

妙典駅から東に5~6分歩くと↑

けっこうな目印(失礼!)になる「南無八大龍王」の奉納のぼりが立ち並んでおります。

正面からの撮影はちょっとご遠慮して、

こちらが「 龍玉宮 」さんです。

龍玉宮の由来

写真の由来書きを要約すると、

「 昔の行徳(下妙典村)は、葦に覆われた、海水が入り込む原野と干潟であったため、

津波と洪水が多い土地であった。

天正8年、徳川家康が江戸に入府し、年貢を塩で納めていたこの地の村人は、

災害で塩が取れなくなると困るので、海(水)の神である竜神を祀った 」

ということだそうです。

 

といっても、この「 龍玉宮 」が建立されたのは、

祀られている石塔に宝暦2年(1752年)の銘があるところから、おそらくそのくらい

の頃だと思われる、そうです。

建立当時の将軍・家重さんのお話し

宝暦2年というと、将軍は第9代家重さんで、天皇は桃園天皇。

将軍・家重さんは体が弱かったらしく、将軍ではあっても宝暦元年(龍玉宮建立の前年)

まではお父さんである暴れん坊将軍(8代将軍)吉宗さんが大御所として、裏でも表でも

政治を行っており、お父さん亡きあとは、大岡さんという側用人にほぼおまかせ。

 

その側用人が亡くなると、すぐに聡明な息子の家治君に第10代将軍を継がせて大御所

に。でもお父さんと違って、政治には一切ノータッチ。

この家重さん、そーとー頻尿だったようで、江戸城から上野の寛永寺までの数kmの間

に、23か所のトイレを設置させたというから、ま、そーとーなのかな、と。

まさか23か所全部は使ってないと思いますが、でもま、そーとーはそーとー。

そこで付いたあだ名が「小便公方」さすがにちょっと可哀そうな気が。

『 ハルンケア 』があれば良かったですね。(効果はしりませんが)

 

でも、芝の増上寺にある墓所を移転するとき、骨を調べたら、家重さんは歴代将軍の中で

も最も整った顔立ちをしていたらしいです。

薄幸の美人(死語?)いや、薄幸のイケメン、でしょうか?

いろいろな龍神様

さて、水(海)からの被害を防ぐべく、「 八大龍王」をお祀りしている「龍玉宮」です

が、

そもそも、龍神様を祀っているところってたくさんありますよね?

でも、龍神様とひと口に言っても、実は一括りに出来ないらしいんです。

ここからは龍神様の種類?について調べてみましょう。

 

【 九頭龍大神(くずりゅうおおかみ) 】

・九つの頭を持つ龍。最初は悪い神だったが、調伏されて善神になった。

・千葉県にある鹿野山では、東征をした日本武尊(ヤマトタケルノミコト)がその地にいた

とする九頭龍と呼ばれる大蛇を退治したという口伝が残っています。

 

【 八大竜王/八大龍王(はちだいりゅうおう) 】

・「龍宝宮」に祀られている神です。

・仏教の中に出てきます。

インドでは龍という存在が古来から信じられていて、龍は何頭もいると考えられていまし

た。その龍の中で最も位の高い存在が龍王であり、

それらをまとめて八大竜王と呼びます。

お釈迦様の誕生時に、祝福の甘露(甘い雨)を降らせ、お釈迦様が後に悟りを開いてからは

お釈迦様と仏教の教えを守護する護法善神となり、仏教の神様の天部に属します。

 

【 善女龍王(ぜんにょりゅうおう) 】

・八大龍王の娘。

・空海上人の雨乞いに、雨をもたらした龍神様

 

他にも【 青龍 】とか【 黒龍 】とかいろいろいらっしゃるようです。

弁財天に恋い焦がれたとされる龍神・五頭龍もお忘れなく。

 

龍神様の御利益は、

降雨・五穀豊穣・財富(金運・財運向上)・縁結び・健康長寿・病気平癒

とまあ、なんでもござれ的です。

 

私の願いは、雨の必要なところ(ダムとか)には多少多く。

街中や人の住む所はほどほどに。

全国各地、水害なんてとんでもない!

 

ってことで、龍神様、よろしくお願いいたします。

 

 

龍玉宮の情報

住  所  千葉県市川市妙典5-4-22

この記事を書いた人
五十嵐 裕子 イガラシ ユウコ
五十嵐 裕子
勤務先である行徳の素晴らしいところをもっと知っていただきたくて、あちこちお出かけしながらブログを書いています。不動産売買の仲介を専門とする当社で、「一期一会の出会いを大切に」をモットーに、お役にたてる宅建士でありたいです。
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